K氏「ボウリングって哲学的だよな。」
ポツリとつぶやく。
(50代、読書家、お酒はあまり飲まない。)
私「????」
K氏「アドレス時に入る時、自分の足許を見るだろ。『脚下照顧』っていうのかな。“己がどこにいるのか顧る”ところに哲学みたいなものを感じるんだ。」
私「きゃっかしょうこ?……(なんじゃそりゃ?)」……漢字を教えてもらう。
K氏「アプローチに入る時、“己の位置がどこで”“何をしようとしているのか”考えるだろ?」
私「・・・」
K氏「“我々は、どこから来て、どこへ行くのか?”絵描きのゴーギャンも考えていたし、宇宙物理の連中もこれにブチ当たる。
アプローチでの一つの動作に過ぎんが、この一つで充分に哲学的だと思う。人生と言わないまでも、人生に通じるものがあるんじゃねぇか?」
確かにスポーツでも、仕事でも、自分の位置がとても大切。
(申し上げにくいが・・・)アプローチでは、人生を考えるより、照準に集中した方がスコアは上がるかと・・・。
m(_ _)m
(
「ターキーで-10」に続く)
2007.10.